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美味しさへのこだわり

創業79年美味しさとこだわりの伝承

創業79年美味しさとこだわりの伝承

掛川一風堂(当時は荒川商店)は今からおよそ80年ほど前の昭和7年から、掛川の地に地元の名産品である茶業に携わっております。今振り返ってみますと、これまで凍霜害(霜による被害)や少雨による枝枯れ、多雨によって摘み取りの遅れなど、自然に翻弄される事の繰り返しでした。〔自然との共生〕とは、聞こえは良いのですが、まさに〔言うは易し・行うは難し〕を、身をもって実感しております。そんな中、〔美味しいお茶〕をなんとしてでもお客様皆様にお届けしたいという想いから、様々な創意工夫を試行錯誤してまいりました。本日は皆様にこれまでの当店の歩みの一部をご紹介させて頂きます。

百年先まで、美味しいお茶を御客様ご愛飲いただく

当店が創業後初の独自商品は、初代荒川耕一が荷札に筆書きで記した大雪が当社初の独自商品と伝えられております。当時は現在のようなお茶作りの環境もなく、全てが手探りの日々でした。そして、私たちが初心を忘れることのないように、3力の教え〔土力技力心力〕の思想が込められたのが創業の味大雪です。百年先まで、お客様にご愛飲頂けますよう昔ながらの伝統を守り、本物の美味しさをお客様皆様にお届けする。 この基本姿勢はこの先も変わることはありません。

納得いかないことはしない頑固親父

当店がお茶を仕入れるお茶農家さんの中には、半世紀以上のお付き合いをしてもらっているお茶農家さんもいらっしゃいます。互いにこだわりがあり、曲がったことが大嫌いな職人気質の方たちです。当店のお茶作りには農家の皆さんのこだわりが欠かせません。 時に考えが合わず対立してしまう事もありますが、答えはひとつ、〔美味しいお茶を飲んでもらいたい〕それだけです。

お茶の美味しさの定義

〔お茶の美味しさ〕を定義するのであれば、3つ定義致します。まず、〔畑や土にこだわるお茶生産者の想い〕そして、〔美味しさを引き立てる茶師のこだわり〕そして、最後に〔急須で丁寧に淹れてくださるお客様のこだわり〕と、定義させていただきます。そして、私達の終着地点はお客様に美味しく召し上がって頂く事です。お茶農家さんの畑や土に対する想い・私ども茶師の火入れ・合組みへのこだわり・その二つがあって初めてお客様に美味しさをお伝えする事が出来ると考えております。まだまだ至らない私どもですが、〔美味しさ〕と言うひとつの答えにこだわり・守り・育て・伝承していくこと、そしてそれらをお客様にお伝えすることを使命とし、日々研鑽してまいります。

地産地消から、「和」産地消

健康な日本の食生活の原点

一昔前、その国の力を示す基準として〔石〕という単位が使われました。加賀百万石と言われるように、その国でどれだけの米が収穫されるかを示すものです。一石は1000合、一人が1年間で食べるお米の量に値します。当時は、石高(お米の収穫量です)によって国の強さが示され、戦においては兵糧が何より重要視されておりました。 現代の日本は経済も豊かで食料は安定して供給され、必要な食品がいつでも入手可能な時代になりました。ですが、現代を〔石〕の単位で判断した場合、どうなるでしょうか?(国産の農作物と考えてください。)食文化も国際化した事で、日本人の食生活も豊かになった反面、海外産の食品や食文化が飛躍したことで大きく乱れてしまいました。 「後世に安心して住める世界・豊かな食生活を継承していかなくてはならない!」 そんな想いから、私達掛川一風堂はひとつの標語を掲げることにしました。
米100キロお茶2キロ
この標語は、元掛川市長の榛村さんが掲げた言葉であり、日本の食卓において、〔一人当たりお米100キロ。お茶2キロは国産の農作物を食しましょう。〕と掲げた言葉です。日本の食品自給率はカロリーベースで計算した場合約40%に留まっております。海外では、アメリカが124%、カナダにおいては168%と、先進国の中では、最も低くなってしまっております。

きれいな畑からしか美味しいものは育たない

日本人が作った農作物を日本人が食す。食の安心の原点は、ここにあると私たちは考えております。なぜならば、農作物の良し悪しを一番知っているのは、作った本人が一番良く知っているからです。また、食品の美味しさを一番知っているのも生産者なのです。そして、畑を見れば全てがわかります。畑の土壌・撒く肥料の効果・農薬の履歴管理・そして最も基本的なのが、草取り等の環境整備です。代々受け継がれてきた先代の言葉に〔きれいな畑からしか美味しいものは育たない〕と言う言葉があります。米100キロお茶2キロ。この標語の実現に向けて、農業の大切さ魅力を皆様にお伝えしてまいります。

お客様からお手紙をいただきました
茶畑を耕すお茶農家の親父たち

新茶の摘み取りは、4月下旬から5月中旬の一年に一度だけ。その機会を逃せば翌年まで摘み取ることは出来ません。凍霜害や気候の変動・温暖化等、自然の驚異に翻弄されながらも、毎年田畑に勤めるお茶畑のプロフェッショナルをご紹介致します。

俺の親父が残した畑だからこうして手間を掛けてやるだよ。

掛川を中心とする遠州遠江地方で茶栽培が始まったのは、江戸幕府が大政奉還をした後の明治時代に入ってからです。幕府がなくなったことで職を失った静岡藩士達への仕事として、牧の原を中心とする遠州地方でお茶畑が開拓されました。そんな歴史ある茶畑の現在も守り続け、当時と同じく〔美味しいお茶〕を志すお茶農家の方たちは、まさに〔茶畑の師匠〕です。「俺の親父が残した畑だからこうして手間を掛けてやるだよ」そう言って、はにかむお茶農家の方の手はゴツゴツした分厚い職人の手。多くを語る事のないお茶農家の親父ですが、美味しいお茶造りのために自身の人生を掛けた生き様を見せ付けられました。

寒い冬の間に茶畑の土を肥やしてやるだよ

お茶の摘み取りは春先に行われますが、美味しいお茶造りは年間を通して綿密に練られた計画のもと行われております。特に、美味しいお茶栽培の源泉とも言える〔土造り〕は、1年2年で出来上がるものではなく、毎年の積み重ねによって少しずつ肥やされていきます。そして、畑に撒く肥料も先代より伝えられてきた肥料を撒きます。重要なのは、土との相性です。同じ茶畑に見えても、その土質はそれぞれ異なります。茶の樹の間の畦を歩くと、靴がもぐるようなふわふわの肥えた土造りが美味しいお茶つくりに欠かせないのです。

俺の親父が残した畑だからこうして手間を掛けてやるだよ。

お茶造りは思いとおりには行かない。そうだな、我慢くらべみたいなものだね

「霜や少雨による枝枯れ、雨による摘み取りの遅れ。振り返ってみれば本当に自然に翻弄されてばかりだったなあ。毎年出来栄えが違うので、手本がない、毎年毎年が一年生の気分だね。」そう振り返るお茶農家さん。自然相手の仕事なので予測することが難しく、手本がないのが農業です。そして、最も脅威になるのが新芽の出始めた後の凍霜害(霜による被害)です。これには、最新の設備で備えています。防霜ファンやスプリンクラーを完備し、下の被害を最小限に食い止めます。

俺の親父が残した畑だからこうして手間を掛けてやるだよ。

畑を見れば全てがわかるよ

私たちがお邪魔した日は、気温も暖かく小さな新芽が少しずつ芽を出していました。「これからだよ。これからが大事なんだ。」新芽の摘み取りが始まる4月下旬までの間の気温によって全てが決まります。新芽の葉色・芽の大きさ・伸び具合。そして、霜対策。それら全てに万全を期して向かえるのですが、気温の下がった日は、深夜でも不眠不休で畑に向かうそうです。 八十八夜を迎えれば、毎年新茶が店頭に並ぶのですが、その裏では多くのお茶農家さんが裏方となって美味しいお茶造りに勤めていらっしゃるのです。私達お茶の商い人として携わるものは、この事実をお客様皆様に知って頂きたく思い、今回農家の皆様の日々の仕事に同行させていただきました。普段見ることも体験する事も出来ない貴重な体験をさせて頂きました。

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